風邪フラグが今更立ちやがったwwっうぇww
↓しげるが恋するおとめな話
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綺麗だなあ!
嘆息とともに南郷は呟いた。見上げる視線を追えば、そこには山の端から淡く漏れ出す光と、それに照らされた層状の雲、半分ほど欠けた月が見えた。
そう言われてみれば。
赤木は光に照らされてうるんだような南郷の瞳とその光源を交互に見つめながら思った。
言われてみれば、たしかに、きれいなのだろう。
南郷の台詞につられるように赤木の脳裏をよぎったその言葉は、しかし実感の伴わないただの形容詞だった。日の出の光景が鮮やかだったところで腹が脹れるわけでもなく、ましてや血が湧き立つような何かがあるわけでもない。
ぱた、とアスファルトを踏み付ける足音が止まった。
何事かと南郷の方を振り返ると、彼は笑顔に苦笑いを一滴垂らしたような複雑な表情でもってこちらを見つめていた。
ああ、しまった。
赤木はスンと鼻をならした。南郷はこと、こういった情緒に関する事柄だとかに赤木が無関心でいることをよく思っていないようだった。どうしてあんたがそんな風に感じる必要があるんだ、とかそもそもあんたは俺に何を期待しているのか、とかずれてやがるとか思うところはあるけれど。彼は彼なりにどうやら結構真剣に俺のことを考えてくれているらしいと思えば、悪い気はしない。
さあっと、朝の冷たい空気を引き連れ、風が吹き付ける。白い髪がそれになびき、さらさらと流れる音が直接鼓膜に響いた。濡れた表面を撫ぜる空気が存外に鋭くて、赤木は目を細め少し俯く。
「――?」
くしゃっと髪をかきあげられた。大きな掌が頭を滑り、乱れた髪を撫で付けるような動作をする。じんわりとしみる。彼の体温が頭蓋にまで届くような心地がした。
物言いたげな視線を感じて、赤木は上目使いに南郷をみる。
見上げた先のその太い眉毛はハの字を描いていて、でもその目は優しい笑みをたたえていた。
ああ。
鳩尾のあたりがあたたかい。その熱は呼吸と共に喉元までせりあがってきて、どうしてか息が詰まった。何かに堪えるように下唇をかむと、乾燥した皮膚が舌に張り付く感触がした。
「まあ、俺がどうこう言ったところで仕方ないことなんだろうが。お前に見えてることが俺に見えないってのと多分おんなじ、なのかな。」
南郷の双眸がひたりと赤木のそれに据えられた。普段はすぐにそらされる視線は、今回ばかりはその限りではなかった。彼の睫はそんなに長くないけれどびっしりと生えそろっていて、落ちた影が瞼をくっきりとふちどっている。初めて見たわけではないが、その様子に出会ったのは久しぶりだった。
「でも、」
南郷は目をしばたたかせ、ひとくちいいよどんだ。
黒々した瞳が朝陽を弾いてきらきら輝いている。きれいだな、赤木は思った。
「でも、なんでか寂しいんだよなあ、それ。」
きれいだ。
もしかしたらこの人の目を通してみた景色っていうのは、こんな風にいつもきらきらしているのかもしれない。
赤木は南郷に向かって手を伸ばした。このままで届かない距離ではなかったが、南郷はわざわざひざを曲げた。おそらく反射的なのだろう。俺の事なんだと思ってるんだろうな、苦笑いしたくなる。
「べつに、そんなことないさ、」
伸ばした手で南郷の右頬をつまんだ。
驚いた顔で見開く目が、ここからならよく見える。
光が増した。山の稜線から太陽が完全に顔を出している。
寂しいなんて思うのは多分お門違いだ。
だって、こんなによく見える場所に気づいてしまった。